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みんなが本当に欲しいものはお金ではなく、お金のその先にあるという話

今日は、語ります。お金について語ります。

 

よく欲しいものは何かっていうときに、まあ、お金が欲しいなあとか言うじゃないですか。ごく普通に。でも、お金が欲しいっていうのは、言わずもがなで当たり前のことかもしれませんが、物理的なお金が欲しいってわけではないですよね。だって、紙キレと小さな金属なんて使い道がありませんから。

と、いうことは、みんなお金が欲しいとよく言うのは、お金のその先にあるものが欲しいということですよね。つまりお金があれば手に入るもの、もしくはお金を持っていればいつかきっと役に立つ使い方。そういうものが欲しいってことだと思うんです。

じゃあ、実際にお金があって持っていれば、具体的には何が欲しいのか。何がしたいのか。

当然ですが、それは個人個人によって違う、まさに千差万別だとしか言いようがありません。だってお金があればお金で買えるものならば何でも買えるんですから。お金お金って連呼してなんだかちょっと下品ですが…。

まあ、でも、でもですよ?人がお金が欲しいという場合、もし何か具体的にこれが欲しいだとか手に入れたいだとか体験したいものだとかがあったりしたら、お金が欲しいとは言いませんよね。だって、家が欲しければ家が欲しいって言うはずなんだから。

 

それならば、なぜ「お金が欲しい」と人は言うのでしょう。自分は言ってしまうのでしょう。

 

それは、みんな別にきれいな絵柄の透かしの入った紙キレが欲しいわけじゃなくて、ただ、いつでも好きなときにほぼ世の中のものが大抵何でも買える自由だとか選択権、一言で言えば権力みたいなものが欲しかったり、将来どんなことがあっても大丈夫だという安心感が欲しかったり、きっとそういうものが欲しいんだって思います。

 

でも、なかなか人に「何が欲しい」って聞かれて、「自由」とか「力が欲しい」とか「安心感が…」とは言いにくいですもんね。それに、自分でも本当に自分が欲しいものなんて、なかなかわかりませんものね。

 

当たり前すぎてわざわざ書いて残すほどのものでもないかなーと思いもしましたが、今日はお金について語ってみました。